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(企業グループの再編)
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== 企業グループの再編 ==
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== 企業グループの再編・二巡目モテ期 ==
  
 
doクラフト名義で、契約を頂いていたクライアントの契約が切れ始めてゼロになる事をキッカケに、doクラフトは休眠にすることにした。
 
doクラフト名義で、契約を頂いていたクライアントの契約が切れ始めてゼロになる事をキッカケに、doクラフトは休眠にすることにした。
 
継続するクライアントや、首都圏のプロジェクト系任務は、CAD入力を終えたシステムプレパレーションを、「有限会社アンクルアンティーク」に改称し、引き継ぎをした。
 
継続するクライアントや、首都圏のプロジェクト系任務は、CAD入力を終えたシステムプレパレーションを、「有限会社アンクルアンティーク」に改称し、引き継ぎをした。
  
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この時期、雅治が独立するキッカケとなった、アクシアムの同僚がIT系商社に居たため、そこでのプロジェクトに参加することが多くなった。
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・授業カリキュラム作成支援システム「キャンパスネットナビゲータTEMS」(厚生省)
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・再構成型描画ソフトウェア「脳の鏡」(文部省)
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・ペプシ「ベッカムグッズキャンペーン」(サントリー)日本初のリアルタイムセルリキシステム
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扱う仕事は大きくなったが、過去のトラウマで、社員を増員すること無く、一人でこなすことが多かった。
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また、付き合う人種も層が変わり、豪華客船「ふじ丸」での海外クルーズや、銀座のクラブ周りなどを受ける側接待で楽しんだ。
  
 
== 私生活 ==
 
== 私生活 ==

2016年6月9日 (木) 11:06時点における版

山﨑 雅治(やまさき まさはる、1967年10月15日 旧姓「馬場」 )は、日本の創作家、営利企業代表者。 生家は馬場家だが、1998年4月5日に山﨑姓を使用する婚姻届を提出した。 IT業界では効率上、馬場姓を用いる事が多い。 [大分県大分市]在住。


生い立ち

1967年10月15日[福岡県北九州市門司区]生まれ。馬場家の二人兄弟<ref>兄の馬場眞澄は産婦人科医でアルメイダ病院の産婦人科部長である</ref>の次男である。

1歳の年末から2年間、長期入院を経て、自宅療養後、幼稚園年長組・小学校へ進む。

小学校2年生へ進級に合わせ、北九州市から大分市に引っ越しをしたが、病気がちな母は大分で入退院を繰り返し、小学4年の3月から実母との別居が始まった。

母親が付き添いの長期入院の経験から、母親との近距離感が生活の柱だったが、別居と男所帯に嫌気を感じ、北九州に家出をした。 その後、実母の容態は改善せず、中学校入学の2日に急遺、帰らぬ人となる。


パソコンとの出会い

中学2年の時、父親が後妻を迎え、市内で新居を構えたと同時に、兄は高等学校を卒業して防衛大学に進んだ。 兄とも離ればなれになり、義母を迎えた不慣れな生活の中で、中学校のクラスメートの影響でマイコンの存在を知ってはまり込んでしまい、マイコン少年になる。

やがて、世の中に事業所用・家庭用マイコンの普及が進み、呼称もマイコンからパソコンへと変わっていった。

マイコン少年も、時代に乗って、パソコン少年へと成長する。

1985年春に、法律の変更で、パソコンに電話回線をつなぎ通信が可能になった。通信サービスを行う団体が乱立し、大分市でもCOARAと言う団体が発足した。

職業系の高校だったため、高校3年の10月は就職活動をした。


サラリーマン時代

1986年4月、人生の中で唯一の社会人生活が始まる。


転職・管理職

1988年9月、サラリーマン生活の終了、そして東京暮らし。

転職先が、新富町<ref>銀座近隣であり都市高速沿いにあった事業所から数分で??通りに出る位置だった</ref>だったため、銀座界隈をくまなく歩いたが馴染めず、ITOYAと博品館に行く程度だった。

その後、転職時の条件通り、大分での活動を始める。



自営業・社長業を始めて・doクラフト第1期

アクシアム大分支店の低迷を受け、それを引き継ぐ形で東京本社と分離し、「株式会社doクラフト」を設立した。 仕事の多くは、大分支店時代のクライアントが引き継ぎに応じてくれ、初動は順調に進んだ。

1990年3月、出張帰りと深夜作業の末、訪問先からの帰宅時に 生死をさまよう大事を起こし、一時doクラフトの廃業も検討された。

東京と大分の二重生活をしながら、両市場で仕事を続けていく中で、長期にわたる関係を持つ人たちと出会う。


時代はバブル経済のさなか。

堅調な受注と、制作側主導の価格設定に好転を見せ、 人員の増加や、過剰な設備投資に走る。

特に、首都圏からの受注は高額に推移し、スーパーファミコンのソフト開発など、未経験の分野にも積極的に取り組んだ。

しかし、当然の事ながら、すべてが成功と言うわけでは無く、失敗もあった。 特に、TVゲーム関連と人材派遣のような業務は、体制と、業界のシキタリになじめず失敗する。 #トラブルを参照


doクラフト第2期・低空飛行

首都圏の仕事と並行して、地場の事務系システムを手がけるチームがあった。 まだPC98が全盛で、ネットを組んでサーバークライアント型のシステムは数千万円の時代だった。 そこに、馬場の開発したシステムエンジンを使う事で、半額以下の費用で実現可能となる。

これを基盤として、カスタマイスする業務を拡大していった。

・コンクリート製品販売管理 ・物販在庫管理 ・会員管理

などの受注を進めていくが、人手による作業そのものをシステム化する手法が全盛だった時代のため、煩雑な作業を盛り込みすぎたシステムは効率が悪く、またプログラムも膨大になり、トラブルも多かった。

結果として、受注額を上回る開発コストが支出され、赤字事業に陥る。 また、クライアントも事業展開のスケジュールが見通せず、破談に至ることもあった。

しかし、最大の失敗原因は、部門責任として切り分けした体制を過信し、担当スタッフからヘルプのサインがあったにもかかわらず、雅治社長の目が行き届かなかった事が大きいと感じられる。

このため、抱えたスタッフの中に疲弊する者も現れ、最前線で任務することが難しい社員を配置転換する幅もなく、教育システムも成り立ってない社内体制は、減員の道を取らざるを得ず、縮小方向へ歩み始める。


doクラフト第3期・下請け会社として

経営難と経営方針のズレから創業メンバーが退職し、彼らが手がけていたシステムをクローズさせるのに数年を費やした。 実際には、解決ではなく、リース期間の終了に伴う外的要因に助けられたかたちである。

スタッフの退職で一人になり、パートさんと共に、電光掲示板用画像作成の下請け仕事だけを残した。 意外にも、これだけで生活が成り立つほどのボリュームだった。

ほとなく、旧知の友人より、CATV開局の話を聞き、doクラフトの新規事業として「映像部門」を設立して、OCT代理店業務と番組制作を開始した。

代理店業務と番組制作も、収益になると踏んでの事だったが、訪問営業の経験などない雅治にはムリな話で、業績もあがらず、番組制作もスポンサーの維持と拡大に及ばず、手出しによる運営になった。

番組の関係で出入りするCATV局の、ケーブル敷設管理システムが稼働し、そのCAD入力の任務を打診された。 CADシステムを納入した「CADIX」と協力し、入力代行会社「有限会社システムプレパレーション」を起業する。 ※のち、アンクルアンティークと改称する。


企業グループの再編・二巡目モテ期

doクラフト名義で、契約を頂いていたクライアントの契約が切れ始めてゼロになる事をキッカケに、doクラフトは休眠にすることにした。 継続するクライアントや、首都圏のプロジェクト系任務は、CAD入力を終えたシステムプレパレーションを、「有限会社アンクルアンティーク」に改称し、引き継ぎをした。

この時期、雅治が独立するキッカケとなった、アクシアムの同僚がIT系商社に居たため、そこでのプロジェクトに参加することが多くなった。

・授業カリキュラム作成支援システム「キャンパスネットナビゲータTEMS」(厚生省) ・再構成型描画ソフトウェア「脳の鏡」(文部省) ・ペプシ「ベッカムグッズキャンペーン」(サントリー)日本初のリアルタイムセルリキシステム

扱う仕事は大きくなったが、過去のトラウマで、社員を増員すること無く、一人でこなすことが多かった。

また、付き合う人種も層が変わり、豪華客船「ふじ丸」での海外クルーズや、銀座のクラブ周りなどを受ける側接待で楽しんだ。

私生活

幼少の頃からアスペルガーの兆候があったと思われるが、他の子たちと違った言動が目立ち、数名で動く場ではリーダーシップを発揮する事が多いが、逆に大人数の場が苦手で萎縮してしまう。

感情の起伏は穏やかで、衝動を外部に向けることは無く、欲求を自分自身への可能性として空想し、また手先の器用さとカンの良さで、それらを実現することで独自の世界観を作り上げて来た。 苦手な分野(例えばチームスポーツ全般)には一切興味を示さず、得意分野や興味を持った分野では、その歴史や成り立ちまで遡って調べ上げるほど熱中する。

そんな性格のため、精神的近距離の友人は限られており、成果に高評価を感じて接してくれる人も多かったが、自分自身との比較をすることで尊敬できない場合やメリットが感じられない人には距離を置くことが多い。 目の前の事実について感想を持つことは少なく「なぜそういう結果に至ったのか?」の方に興味が行くため、相手と話がかみ合わないことが多い。 例えば、近親者が交通事故に遭った場合、身体の心配より事故原因に夢中になる。そのため女性とのお付き合いは難しい事が多く、気味悪がられる事もあったようだが、その不安定さを心配するあまり距離を縮めてくる人も居たのは事実である。

高校生までは、24時間365日パソコンと共に過ごしていたが、社会人となり自動車を持って行動範囲が広がってきたあたりか、二人で行動するメンバーが絞られてきた。健康な男子の欲求にも特殊性や物理的問題は無く過ごしてきたが、熱心が執着心に変わることが難しいのか、独占欲が育たないため「自分だけを見ろ」と言う女性は苦手だった。

1987年7月28日、毎月行われていたパソコン通信団体COARAの会合で、新規会員として参加した現妻山﨑佐和子と出会い、長期に渡る関係の初日となった。 佐和子とは、パソコン通信を駆使し、彼女の進学先である神奈川と大分の遠距離を気にせず、互いの事を交換し合って行った。

卒業後、大分に戻った彼女は家業に就いた。周囲は仲の良い二人だと感じていたが、彼女の家業が大分県下有数の企業グループで、将来の接点を考えるのは難しいとの見方が大きかった。 互いに、その環境を意識しつつ、極近距離に立ち入るお友達として接点は続いていた。

そんな中、doクラフトが入居していた家屋の大家さんの関係から、親戚の女性を紹介される。

1995年2月、周囲の予想に反して、その女性と入籍してしまう。この時期、CATV向け番組を手がけ始めており、取材先に海外を希望していたのだが、その女性は外国企業のCAで旅費を低く抑える方法があると聞いた事から婚姻届を提出するに至った。 性急な結婚生活は、長く続かず、翌年に離婚する。

ある日、佐和子から近況のメールが届き、それに応じたことで再び顔を合わせるようになった。

そして、 1998年4月5日、大分市春日神社で挙式を行い、佐和子の家業に考慮して、馬場姓から山﨑姓に改めた。

  • 1999年6月12日、長女、詩音(うたね) 誕生
  • 2001年8月16日、次女、真凪(まなぎ) 誕生
  • 2005年4月18日、三女、紗代実(さよみ) 誕生

2006年、義祖父母の自宅改築に合わせて同居を考え、自分たちの意見をいれてもらい自宅を新築した。しかし完成前に義祖父が逝き、同年11月には義祖母も逝った

業務システム開発(従事)実績

  • Postman(インテック):サーバー間メッセージ転送システム
  • J−Framss(地域科学研究所):不動産鑑定書作成支援システム
  • Wire(後藤國利事務所):後援会名簿管理システム
  • 生活習慣病データベース(厚生省(当時)):産業医支援システム
  • キャンパスネットナビゲータ(早稲田大学・東京医科歯科大学・桐朋学園・拓殖大学):授業支援システム
  • 脳の鏡(文部省(当時)):再構成型描画ソフトウェア
  • 番組編成システム(DNAC-TV):CS番組編成システム
  • 魚に聞いたさかなの話(マリーンパレス):生態紹介映像システム
  • ネルソンベンディング(ALAN):レンタルビデオ自動手続きシステム
  • 自動納入システム(アドプロ長野):電光掲示板ファイル納品システム


webシステム開発(従事)実績

  • エスエス製薬:販促キャンペーン受付サイト
  • ほのぼのレイク:販促キャンペーン受付サイト
  • 情報検索システム(東京モーターショウ):自動車検索データベース
  • 海辺の小瓶システム(アイルテクノロジーズ):メール友達募集サイト
  • わしゃ見た!(デジタルバンク):おもしろ情報投稿サイト
  • 情報検索システム(時計Begin):アンティークウォッチ検索データベース
  • ファンド情報データベース(新光投信):投資信託データベースシステム
  • GUI型サーバー(JETON):FirstClassシステム
  • 新宿情報館システム(dia建設):物件情報システム
  • ライブシャッター(国土交通省):国道監視映像web化システム
  • ペプシ「ベッカムグッズキャンペーン」(サントリー):セルフリキデーションシステム
  • OPEL社 ホームページVer1.0(グラフィック支援) 
  • 大分ケーブルテレビ放送 ホームページ
  • 港区神応小学校 ホームページ
  • ホテル芙蓉倶楽部 ホームページ
  • デジグラム:VideoCDサービス

映像制作実績

  • NEWAGEARTCUT(現代美術作家ドキュメンタリー)企画・制作
  • Project DEGIGRAM(パソコン番組)企画・制作
  • 対戦テロップ表示(TOS)全国高校相撲選手権対戦映像 制作
  • 大分ケーブルテレビ放送殿 社ロゴ他3Dアニメーション 制作
  • 日新信販殿 テレビCM制作(クモの糸編・ジグソーパズル編)    
  • 臼杵市月桂寺檀家組合殿 月桂寺修復イメージ映像制作
  • やまばと幼稚園殿 卒園式記念映像制作
  • 電光掲示板画像製作



トラブル

  • 大手の下請け作業に着手するが訴訟まがいの失敗
  • 大分県内の旅館業務システムを受注するが仲介社との連携ミスで開発消滅
  • スーパーファミコンソフト開発に参加するが様々な理由で頓挫
  • 代表者の特殊な思考が災いし、取締役が強行に辞任した

年譜

脚注

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外部リンク