TNBソフトウェア
提供: 大分絵巻wiki
1990年 下請け契約のトラブル
地場ソフトウェア会社の仲介で、富士通の下請け作業に入る。当時、大分地場の零細ソフトハウスは、富士通のと取引を持つことがステータスかつ安定経営の道であった。仲介会社は当時の市政との強力なつながりで建設業を中心に幅広い事業展開を行っており、自社が優位にあるとの態度で接してきた。それを直感した雅治は、業契約書に当時の慣例ではあり得ない条項を挟み込み事に望んだ。結果、下請けに責任のしわ寄せが来る展開となり、プロジェクトの遅延責任に及んだ。解決の協議という名の圧迫が続き、先方の弁護士から法的措置云々との常套句を投げかけられるが、特殊な条文が機能したため訴訟に至ることも無く、仲介会社が責任を取る結果になった。