パソコン通信

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1985年4月 COARAとの出会い


1985年4月、電気通信法改正に伴い、全国でパソコン通信局が開局され、雑誌社の依頼で通信装置を借り受け、記事の執筆に取り組んだが、大分<=>東京間の電話料金負担に根を上げて中止する。同年5月に大分市にも地場若手経営者の手でパソコン通信局「COARA」が誕生した。 遠方との通信費に疲弊していた雅治は、COARAの門を叩き、会合に参加したが、場違いである事を察知して、逆にフルパワーで発信し続けた。それらの経緯をCOARA創立者の一人が「電子の国のCOARA」に記してある。

COARAで出会った人たちの多くが、雅治の後の人生に大きく影響し、現在でもその関係が続く人がいる。 特に、雅治の現在の妻、佐和子は同会にて出会った人であり、現在でも同居交流が続いている。